「GDP第二位の座を中国に譲った」ということで、毎日新聞が「幸せの基準」に関する特集を組みました。その識者の一人に辻信一さん(ナマケモノ倶楽部世話人、文化人類学者)が登場、ローカルと幸せの相関性について論じました。
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2011年2月25日、毎日新聞朝刊「論点」掲載
欲望から降りる知恵
未来を揺るがすに至った経済至上主義
「国民総幸福」に掲げるブータンの教え
「GNPより、GNHの方が大事だ」とブータン国王(当時)が言ってから30年余り、今ではGNH(国民総幸福)という言葉がブータン国の基本理念として憲法の中に書き込まれている。それは、世界中で宗教のように「信仰」されてきた経済至上主義への痛烈な皮肉であり、批判だ。
飽くなき「豊かさ」の追求は、貧富の格差、紛争や戦争、環境汚染など、数々の深刻な問題を引き起こし、ついには人類の未来を揺るがすにいたった。要するに、経済学が「富」と見なしてきたものは、未来に生きるはずの無数の人と生き物たちが享受すべき分を奪い取った"盗品の山"だったのだ。では、少なくともその「豊かさ」を享受する日本など先進国の人々には幸せがもたらされたかと言えば、必ずしもそうではあるまい。やれやれ、ではいったい何のための「豊かさ」だったのか?
2005年以来、ぼくは6度にわたって、ブータンを訪れた。実際、ブータンの村々には、ぼくの言う「スローライフ」が健在で、老若男女を問わず人々の幸福度はかなり高そうに見える。豊かな自然、自給型農業、コミュニティの助け合い、人々が誇りとし、心のよりどころとする伝統文化・・・。人々はよく集い、歌い、踊る。子どもたちの楽しげで生き生きとした様子も印象的だ。
同じ国の中では、「豊か」なはずの首都にむしろ問題が集中していて、暮らしづらそうだ。聞けばたいていの問題にはお金が絡んでいる。お金がないことではなく、お金があることが問題なのだ。
「幸せって、なんだっけ?」。ブータンはぼくたちにこの問いを突きつける。
現代の経済学は、「人間の欲望は無限」という思いこみの上に成り立っている。そして、拡大し続ける欲望を満たすことが幸せであり、そのために、限りなく物やサービスを生産し、消費し続ける。それが絶えざる経済成長を可能にする、というストーリーだ。
こういう考えに対しては古今東西の賢人たちが警告を発してきた。彼らは「足るを知る」ことの重要性を説き、欲求の暴走を自制することにこそ真の智恵があるとした。
現代の賢人であるヘレナ・ノーバーグ=ホッジが今月、『幸せの経済学』という新しい映画の公開に合わせて来日した。この映画で彼女は、世界のあちこちに出現しつつある新しい経済の試みを紹介している。それらの実例は、従来の常識とは反対に、地域(ローカル)化によって経済規模が小さくなるほど、人々の幸せ度が増すことを実証している。彼女によれば、それはローカル化がつながりを深めるからだ。人間同士との相互扶助の関係や、人と自然との根源的なつながりが、甦るのだ。
「上る」だけの人生観や歴史観はすでに破綻している。今求められるのは、「降りてゆく」知恵だ。本当の豊かさは、これまでの「より速く、より大きく、より多く」ではなく、三つの「S」、スロー・スモール・シンプルで形容される生き方の中に見出されるだろう。そう、ぼくたちは幸せへと「降りてゆく」のである。
2011年03月01日
欲望から降りる知恵:辻信一(毎日新聞掲載)
posted by GNH at 17:02| Comment(0)
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