2013年05月30日

「をかしきこそもの狂ほしけれ」/糞尿とオーガニック【2013年春GNHツアー報告集より】

『枕草子』に次のような章段がある。岩波新体系版207段。以下は、拙なる抄訳。

「牛車が通り過ぎていくとき、夏は車の簾を上げているのが涼しげでいい感じ。乗っている人が琵琶をかき鳴らし、また笛の音が聞こえてくるのは風流ね。車が通り過ぎて行っちゃうのが残念。と、思われるそんなときよ。牛の落しものの臭いがブーンとしてくる。下品な臭い。わたしって嗅いだことがないからかしら、(省略)」

タクツァン僧院。見上げるばかりの急角度の絶壁の側面に建つ。かの地の人々が熱烈に信仰するグル・リンポチェが瞑想し、悪神の数々を調伏する力を得たという聖地。青空を背景に、見上げるばかりの山が目の前に迫る。標高2500mの麓から2800mの中継点まで、まずは2時間弱ばかり尾根を登る。乾燥した土埃が歩くごとに舞い立ち、靴もズボンも埃を吸い込んであっという間に白茶ける。しかも土埃が舞い立つごとに、馬の糞の臭いが鼻先をつく。聖地巡りの客をその背に乗せる商い人の馬どもが、山道を駆け上り、駆け降りる。馬は生きているのでものを食べる。食べれば出る。彼らは走りながら出す。細い山道のいたるところに糞が落ち、土を埋め尽くすばかり。踏まずに行こうと下を向いて歩けば、土埃とともに立ちあがる臭気をまともに吸い込む。上を向けば、落しものを踏んづける。馬は有機系(オーガニック)エンジンで動く。「オーガニック」ってそういうこと。糞尿は糞尿。

タクツァンの「聖なる」参道たる山道を歩きながら、牛車が走るごとに糞が落ちる千年前の都大路を想う。とはいえ、平安京は糞を拾い集めて循環サイクルに持ち込む下衆の人たちがいた、とかいう。ガサの民泊では、60余年の我が人生初めて、ダニに食われた。同行メンバーの数人も、食われた。帰国後三週間過ぎてもなお、かゆみと赤いポツポツの痕は残った。他人さまへの「おみやげ」にならなかったのは、不幸中の幸い。ダニは不衛生なところが大好き。「オーガニック」は大地の循環サイクル機能が整えられて初めてオーガニックである。あるがままの放置状態を「自然」とし、糞尿を「オーガニック」とするダニの世界、それはたしかに日本の現在にはない。

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さて、先の拙訳部分に続く省略した一行は、原文「をかしきこそもの狂ほしけれ」である。直訳「(臭いが)趣き深いことこそ、気ちがいじみている」では、何を言っているのか分からない。「(臭いが)おもしろいのよ。それって、もの狂おしいほどステキ」、ではもちろんないだろう。拙訳はこうだ。「そんなものステキ! なんて思わないわよ。それなのに、ステキになっちゃったりして、バカみたい。」

(2013年報告集より/報告者:篠田治美さん)

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